すべての遠距離恋愛を祝福する、長澤まさみ×高橋一生「dTV」のCMと小沢健二「流動体について」



宇宙と日本という、現在考えうる“究極の遠距離恋愛”を描いたdTVのCM。

「これよりも君たちは近くにいるはず」と、すべての遠距離恋愛を祝福・応援することに成功しているすてきなCMだと思いました。

CMはもちろんのこと、あらゆるテレビドラマや多くの映画が、資金回収や協賛商品の宣伝などの命題を抱えている現代において「ビジネス的な命題をしっかりと果たしながらそれ以上の作品性を獲得する」ということは、すべてのプロ(お金をもらっている)クリエイターが意識すべき矜持だと思います。

映像と楽曲の“乖離”

ところで、このブルーノ・マーズが歌う主題歌“Talking To The Moon”、実は映像とは裏腹に悲しい曲です。

彼女と別れ「おかしくなってしまった」と周りから囁かれながらも、同じ月を見ていると信じようとする主人公の歌。まあ、実際おかしくなってしまっているようだし、自分でも薄々おかしいと気付いているという、もはや哀れで、とても悲しい歌なのです。

宇宙と日本という距離をものともせず繋がる夫婦の映像、それとは裏腹に彼女と別離してしまった悲しい楽曲。

このCMが抱える映像と音楽のパラドックスに、小沢健二の新曲「流動体について」を連想するのは、過剰なアナロジーでしょうか?

並行する世界の僕は君と一緒に幸せになっていてほしい

雨上がり 高速を降りる
港区の日曜の夜は静か
君の部屋の下通る
映画的 詩的に 感情が振り子を振る

最愛の恋人と羽田空港に降り立ち、高速道路をドライブする主人公。その後、日曜の夜の静かな港区を走りながら、君の住む部屋を見上げてエモくなる。

ここで歌われる“君”とは、かつての恋人と考えてまず間違いないでしょう。そして主人公は“並行する世界では君と続いていた僕”を想います。でも、小沢健二はそんな“並行する世界で暮らす僕”を“間違いに気付かなかった”と言い切るのです。

Twitterでは小沢健二のこの“断罪”に嫌悪を覚えるという意見を見かけましたし、その気持ちは分からなくはありません。しかし、これは音楽です。リリックだけを文字で読めばたしかに強烈で残酷な否定かもしれない。でも流麗なストリングスとアッパーな楽曲はどこまでも“肯定的”です。

きっとこの楽曲の主人公は、消えない後悔と悲しみを抱えながらも、ありえたはずの君と僕に向かって笑顔で手を振っているのではないでしょうか?

そう、「ありがとう」と「さようなら」と「ごめんね」と「また会おうね」とで、こんがらがったままに。

小沢健二「流動体について」